開発&コラボ秘話

ナッジとの融合で脱炭素の習慣化を促す「こつこつ(CO2CO2)」

私たちが最初に手掛けた、移動の脱炭素アプリ「こつこつ(CO2CO2)」は「全ての移動で脱炭素化を」をコンセプトにした脱炭素活動を支援するスマートフォンアプリです。スマートフォンにアプリをインストールするだけで、乗物の移動によるCO2排出量や削減量が自動的に記録されます。

この「こつこつ(CO2CO2)」には、実はナッジが用いられています。ナッジとは強制や大きなインセンティブに頼らずに望ましい方向に行動を変えていく手法です。
私たちはナッジの専門家である竹林正樹・青森大学客員教授をアドバイザーに迎え、多くのアドバイスをいただきながら開発を進めました。
こつこつ(CO2CO2)にナッジの考え方がどのように活用されているのか、また脱炭素活動を進めるうえで、ナッジがどのような役割を果たすのかを、当社代表の野村恭子が竹林先生に伺いました。

1.  環境問題と公衆衛生には共通点が

野村:こつこつ(CO2CO2)の開発にあたっては、大変お世話になりました。製品に行動経済学の視点を取り入れたいという強い思いがあり、ナッジの専門家である竹林先生にホームページを通じてご連絡させていただきました。
このようにご縁ができて非常にうれしく思っています。

竹林:こちらこそ、光栄です。思い返すと、最初、野村さんから事業の相談を受けた時点では、ナッジを活用した総合的な脱酸素行動アプリの開発に関するブレスト的なものを行っていました。野村さんとの会話が楽しく、何度かお話を重ねているうちにアプリのコンセプトがブラッシュアップされ、「日々の移動手段を変えることでCO2を削減」に変わってきました。これはマーケットのニーズに即した、野村さんの柔軟な対応だったと感じます。
そして、私の書籍「心のゾウを動かす方法」でも、本来はヘルスケアアプリだけを紹介する予定でしたが、こつこつ(CO2CO2)がユニークなので、特別に入れさせていただきました。

『心のゾウを動かす方法』竹林正樹著

野村:私たちは「脱炭素経営」を目指し、特にこつこつ(CO2CO2)においては、「社員が変われば、地球が変わる!」をコンセプトに掲げています。どのあたりに関心を持っていただけたのでしょうか。

竹林:環境配慮行動と公衆衛生は、「異時点間の選択(「面倒は今、効果出現は将来」といったタイミングのズレのある行動)」という共通点があります。例えば「ペットボトルの分別」という面倒が発生するのは現在で、その効果が出るのは遠い将来です。
これに対し、私たちは「別に今日からでなく、明日から始めても効果はそんなに変わらない」と考えると、行動を先送りしたくなります。ここで、「面倒」と感じていた行動を「今、やってみてもいいかも」に変えることができたら、先送り問題が解消される可能性が高まります。こつこつ(CO2CO2)では「いかに楽しさを付与できるのか?」をテーマに、公衆衛生分野のエビデンスの応用にチャレンジしました。

野村:環境にも先生がとても関心を持っていただけたので、非常に心強く感じました。公衆衛生分野でナッジが有効であることが証明されている中で、環境の分野では、まだまだナッジが活用されていないような気がしていました。そこで、何かアドバイスをいただけるのではないかと、先生にお声がけいたしました。

竹林:公衆衛生は読んで字のごとく「公衆(大勢)の生命を衛(まも)る」ことをテーマにします。環境が悪化すると大勢の生命が危険にさらされるので、環境問題も広い意味で公衆衛生に入ると私は考えています。
ただ、健康づくりは自分に直接返ってきますが、CO2を削減しない場合、その不利益を真っ先に被るのは太平洋の島々の人たちです。このように、環境問題では行動と不利益の関係が一致していないため、自分事になりづらい点が難しいところです。

野村:地球温暖化が急速に進み、環境問題の中でも脱炭素が重要になっているということについては、誰もが感じているのではないでしょうか。最近、異常気象が増え、身の回りの生き物の生態も変わりつつあります。このまま気候変動が進めば、さらに自然災害が多くなり、自分たちの周りの生態系も変わっていくでしょう。こうした変化は食生活、住環境、衛生環境など私たちの生活に大きく影響するはずです。しかし、そうした理屈が頭では理解できても、自分の行動まではなかなか変えられないですよね。

竹林:環境配慮行動の行動変容ステージでは、多くの人は関心期から準備期にいると考えられます。無関心期の人はほとんどいないけれども、かといって実行期や定着期には至らず、ずっと関心期や準備期から進まない。
これは脳のシステム上、「よくあること」なのです。私たちの判断の大半は直感が行います。そして直感は、本能的で力強く、働き者のため、行動経済学ではよく「ゾウ」にたとえられます。私の本のタイトルが「心のゾウ」となっているのも、このためです。
ゾウ(直感)には認知バイアスと呼ばれる一定の習性があります。「バイアス」は斜めを意味します。習性(認知バイアス)に影響されると、正しい情報を得ても「別に今やらなくてもいい」と斜めに歪んだ解釈を行ってしまうため、なかなか行動に移せません。
これに対して、習性をうまく活用して、真っすぐな方向に一歩踏み出せるような手法が開発されました。これが「ナッジ」です。

2.  ナッジとは?

野村:改めてナッジについてわかりやすく説明いただけますか。

竹林:ナッジは「ひじで軽くつつく」を意味する英語で、ここでは「強制やインセンティブを使わずに、人を自発的に動かす手法」というニュアンスで用います。
人を動かす方法は大きく分けて「「正しい情報を提供する(教育や啓発)」「自発的に行動したくなるように背中を押す(ナッジ)」「褒美で釣り、それでも動かなければ罰を与える(インセンティブ)」「強制的に動かす(実力行使)」の4つの段階があります。
イメージしやすくするため、身近な例として、「コンビニのレジの前で、お客様に2mの間隔を空けることを求める場面」をテーマに考えていきます。
まずは第1段階の「情報提供」は、「感染症予防には、2mの間隔が必要です」とアナウンスし、それを聞いたお客様が納得の上で2m間隔を空ける方法です。これが最も自発性が高くて方法ですが、これだけでは間隔を空けない人もかなりいます。
その場合には、第2段階のナッジに移ります。例えば床に2mごとに足跡シールを貼ると、多くの人はそれに合わせて足を置きたくなります。これは「規範ナッジ」と呼ばれ、「横断歩道の手前に足跡マークが描かれているとフライングして車道に跳び出さなくなる心理」と言えばわかりやすいと思います。
それでも間隔を空けない人に対しては、第3段階のインセンティブを用います。「2m間隔を空けた人は2割引、空けなかった人は2割増」とお知らせすると、大半の人は守るようになります。
それでも2m空けない人には、最終手段として、ムキムキな店員が力づくで間隔を空けさせます。ここまで来ると自発性はなくなります。

野村:学校では環境学習が盛んに行われていますが、大人の中にはほとんど学習する機会がない人もいます。行動経済学で研究されている人の心理などを積極的に取り入れるのは有効だと思います。

竹林:環境学習でも、ゲーム要素を採用したり、絶妙のタイミングで提供したりすることで、ゾウ(直感)は受け入れやすくなります。一方、今までの環境事業では、ナッジを使わずに、情報提供とインセンティブばかりが使われていたものが多かったように見受けられます。

野村:インセンティブを考える前に、もっと行動を起こす人のすそ野を広げられるような手法があるということですね。

竹林:確かに、インセンティブは行動を促すのに有効な手法ですが、デメリットもあります。主なデメリットは「自発性を損ねる」というものですが、他にも思わぬ行動を引き起こす危うさを秘めています。例えばメキシコ政府は、首都の渋滞や大気汚染緩和のため、曜日によってナンバーが偶数か奇数かで走行できる日を分けました。でも、住民は利便性を損ねたくないので、偶数ナンバーと奇数ナンバーの車を2台所有するようになりました。住民は2台目は安くて環境に悪い車にせざるを得ません。その結果、渋滞がかえってひどくなり、排ガス量も増えてしまったのです。

3.ナッジ理論のフレームワーク「EAST」

野村:アプリを開発するうえで、特に意識したのが「EAST」という考え方です。EASTについても改めて教えていただけますか。

竹林:「頭でわかっているのに、行動につながらない要因」を研究者が調べた結果、「面倒」「魅力がない」「自分しかやっていない」「機嫌が悪い時に言われた」という4つの因子に分類できました。そこで、これらをクリアする方法として開発されたのがEASTです。
EASTは、簡素化(Easy)、印象的(Attractive)、社会的(Social)、タイムリー(Timely)の頭文字を取ったもので、これらを満たすことで、行動へと一歩踏み出しやすくなります。
具体的には、行動の阻害要因を除去し、シンプルなものにすること(Easy)で、一歩踏み出しやすくなります。そして、他の情報よりも印象的であり(Attractive)、他の人も一緒にやっていることを感じさせ(Social)、「やってみてもいいかも」というタイミングで背中を押す(Timely)ことで、行動に繋がりやすくなります。

野村:面倒だと感じると、行動に移しにくくなりますよね。

竹林:「がん検診」で考えるとわかりやすです。多くの人はがん検診を受けると命が助かる可能性が高まることを知っており、さらに大半のがん検診は無料です。受けない理由は何もないはずなのに、多くのがん検診受診率は50%未満です。がん検診の未受診理由の第1位が「たまたま受けていない」という年があったように、案内通知の字が見づらい、申込用紙への記入が面倒、といった小さな阻害要因があるだけで、命に関わる行動もしなくなったのです。それだけに阻害要因を除去であるEasyナッジが重要になります。

野村:Attractiveナッジはやはりメリットを感じてもらうということでしょうか。

竹林:漠然と「環境にいいことを何かしよう」というメッセージだと、やってもやらなくても、変化を実感しません。具体的に「環境配慮行動をすると、自分にどんなメリットがあって、やらないとどれだけ損をするのか?」がわかると、行動しやすくなります。

野村:「周りの人もやっているからやる」というのは、日本人によく見られる行動のような気がします。

竹林:これは同調効果と呼ばれます。「ゴミ拾いをやってもいいかな」と思っていても、周りがポイ捨てを当たり前だと思っているグループの中で1人だけでゴミ拾いをするのは、抵抗があるものです。一方、最初の1人にはなるのは躊躇しても、他に仲間がいるとわかると、やる気が出てきます。この習性はうまく活用したいですね。
Timelyナッジは、「聞いてもいいかな」と思っているとき言われると、ポジティブに受け止めたくなる習性です。そのため、相手が受け入れるタイミングで伝える設計を行います。

野村:こつこつ(CO2CO2)でも、特にTimelyナッジを活用しています。アプリの通知機能を活用し、朝にメッセージを送るようにしました。

画像:こつこつ(CO2CO2)アプリの通知機能

竹林:よい工夫だと思います。夜になると疲れがたまり、現状維持バイアスが強くなります。それに夜はSNSやゲームのプロモーションが増え、ユーザーはその誘惑から逃れるのが難しいです。それよりは朝に特化したほうがよさそうですね。

4.  “環境問題”をナッジの視点から考える

野村:アプリの開発段階では他のアプリも参考にしたのですが、「脱炭素の推進」というメッセージを大切にして、いろいろと機能をつけるのはやめました。

竹林:環境問題では、「熱中症対策のため冷房をしっかり」と「省エネのために冷房の設定温度は高めに」という相反するメッセージが出されることもあります。両方のメッセージを受け取った人は、どう行動していいか混乱します。その点、こつこつ(CO2CO2)は、「徒歩の移動が増えると、環境にも健康にもよい」というわかりやすさがあり、CO2削減に機能に特化し、メッセージの混乱が生まれません。

野村;コロナ禍の影響も大きいと思いますが、都市ではシェアサイクルも流行しています。徒歩だけではなく、シェアサイクルなど、他の乗り物も活用し、脱炭素しながらヘルスケアにも通じる行動を取る人が増えてきたと実感しています。
ただ悩みがあって、アプリをダウンロードしていただいた後の継続率が、それほど高くありません。ナッジの活用で解決できる方法はないでしょうか。

竹林:一般的に、ユーザーが運用が面倒くさいと感じるのであれば、シンプル化することが一番の解決策です。しかし、CO2削減量の算定のためには、ある程度は手入力してもらうことが必要で、シンプル化とのバランスが難しいところですね。
この解決策として、「パワー・オブ・ビコーズ・」ナッジが使えそうです。これは、「理由がわかった瞬間に行動しやすくなる習性」に訴求したナッジです。どうしてもシンプル化できないところは、「なぜ手間をかける必要があるのか?」をわかりやすく解説できると、受け入れる人が増える可能性があります。

野村:なるほど。説明してもわかりづらいだろうと思って、あえて説明を避けていたことが、かえって利用者の納得感を削いでいたのかもしれません。

竹林:ほかには「顔の見える犠牲者効果」も使えそうです。これは難民向けの募金で「難民の顔写真と名前を入れたら、募金額が増えた」という有名な研究に由来したナッジです。例えば、ユーザーに野村さんの顔と名前を載せて「こんな理由があって、手入力が必要なんですよ」と言えば、文字だけのマニュアルよりも受け入れられやすくなると期待されます。

野村:確かに今までスタッフが顔を出して情報発信する機会はあまりありませんでした。今後はもっと増やしてもいいかもしれませんね。

竹林:こつこつ(CO2CO2)ではIKEA効果が使われています。これはIKEAの家具のように、自分で組み立てたものに強い愛着を持つ習性で、育成系のゲームなどによく使われます。

画像:こつこつ(CO2CO2)のアプリ画面 木が育つ様子

野村:木が育つ仕組みについては、先生からいただいたアドバイスを取り入れました。

竹林:最初に離脱するユーザーが多いのは、これから木がどう成長していくのかがわからないからかもしれませんね。これに対しては、他の人たちが育てた木も見られるようにすると、将来のイメージもわきやすくなり、仲間が頑張っている状況が見え、同調効果も生まれやすいです。さらに自分の木に名前をつけるようにすると、IKEA効果が強化され、一層の愛着がわきそうです。

野村: みんなで木を育てて森ができていくイメージですね。

竹林: そうです。例えば、私が今共同研究している「みんチャレ」というアプリでは、5人1組でチームを作り、目標を宣言して毎日報告し合います。宣言するとその通りの行動をしたくなる「コミットメントナッジ」が使われたことで、1人のときよりも継続しやすくなります。

野村: 他のユーザーの木が見えることで、みんなと一緒に進めているという実感がわくのですね。アプリを作っている側は、確認しなければならないことが多いので、利用者の視点を見落としがちです。貴重な意見をありがとうございます。

5.  現状維持バイアスから抜け出すには

野村:利用者にわかりやすいメッセージを伝え、いかに継続していただくかが大事になるということを改めて感じました。

竹林:多くの人は「環境によい行動を何かしたい」と思っていても、具体的に何をしてよいかわからない可能性があるのです。だからこそ「歩いてCO2削減」という明確なメッセージを伝えると、一歩踏み出しやすくなります。

野村:「何かのついでにやりましょう」という呼びかけですよね。「日常生活の中で、どのような形でもCO2削減ができます」というメッセージを発信するのが大切だと思っています。
企業の中では、率直な発言をするのが難しいと感じられることがあります。特に日本人は、他の国の人たちに比べて積極的に発言することが少ない。それが日本の特徴の一つとも言えるのでしょうが、それによって、企業としてのメッセージが消費者に響きにくくなっているような気がします。ほかの企業の方から話を聞いても、情報の出し方が難しいと感じ、どのように伝えるべきか悩んでいるようでした。

竹林:日本人の年齢の中央値は、約50歳です。50歳になると、現状維持バイアスが強くなり、新しいことに対してはとりあえず却下したくなる傾向が見られます。社会がどんどん変化していますが、私たちの脳のシステムは現状維持バイアスも含め、なかなか変わらないものです。だからこそ、認知バイアスの特性を踏まえ、それに合った方法で動かしていくことが求められます。
その方法がナッジです。こつこつ(CO2CO2)にナッジを用い、それで行動が変わる人が現われたら、私は行動経済学研究者としてこんなに嬉しいことはありません。大いに期待しています。

野村:普段の地道な活動が環境に良い影響をもたらすということや、現状維持ではいけないということを、これからもしっかりと伝えていかなければならないと改めて感じました。今回はありがとうございました。

終わりに

脱炭素活動を進めるには、継続することが大切で、すぐに結果が出ないことも数多くあります。
しかし、毎日“こつこつ(CO2CO2)”と脱炭素活動を積み重ねることが、“世界が変わる!”未来を目指すことにつながります。
「自分たちが変わり、行動を起こすことが求められている」という竹林先生の話を伺い、これからも「こつこつ(CO2CO2)」のアプリを通じて、脱炭素活動に関する発信を続けていかなければならないと、決意を新たにしました。

編集後記

ナッジの専門家である竹林正樹先生から直接開発秘話を伺い、ナッジの助けを借りることが、経済においてもいかに重要かを深く実感する貴重な取材となりました。
特に環境領域はトレードオフが避けられない部分もあり、急速に脱炭素が進む中で、理解がなかなか難しく、行動につながりにくい時期でもあります。
そんな中で、ナッジの力が一人一人の行動変容を後押しするんだという、サービスの改善を進める中で非常に大きなパワーをいただきました。
大変お忙しい中、快くご協力いただきました竹林正樹先生には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

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